洋野ヒストリア デジタルアーカイブ|Hirono Digital Archives

中野に今も残っているイボ石

最初 前 次 最後
中野に今も残っているイボ石
ナカノニモイマモノコッテイルイボイシ
中野に今も残っているイボ石
時代 昭和
解説 石にたまった水でイボが消えると信じられる
 久慈市侍浜の桑畑のバス停付近から旧国道に入り、坂道を下っていくと八戸線の踏切があり、それを越してすぐに久慈市と種市町の堺となっている高家川が流れている。
 この川に架かっている高家橋を渡って、種市町に入ると旧国道は、坂を大きくう回して中野の粒来に出るが、昔の道路は、この高家橋を渡るとすぐに右に曲がって山林に入る。
 そして、少し行くと前に高家川の支流の尺沢川が流れている。今は橋がなくなり、橋桁が四本残りその面影を残しているが、その橋桁を渡って行くと左手に江戸時代に築かれた一里塚らしいと思われる土盛りになった所に出る。
 この土盛りの所から、まっすぐ行く道は、馬車が通行できるよう大正13年ごろに新しく造った郡道であり、この土盛りの所のすぐ右側に、人間が一人通れるくらいの小道が残っている。この小道が地元で久慈街道と称された旧道である。
 この久慈街道と称され、現在は雑草など覆われ、歩行困難な坂道を上がって10メートルぐらいの所に、昔「イボ石」と呼ばれていた高さ45センチ、直径37センチほどの円形に彫った石臼ににた四角形の石がある。
 この石のくぼみにたまった水を手足などにできたイボに付けると、イボがとれてなくなると信じられ、昔はこの石の水を付けたものだといわれている。
 手足にできるイボは、生命に別状はないが、なぜか気になり、目ざわりなもので、昔は現在のように医学が進んでいなかった関係から、イボとりを神様にお願いしたり、カマキリをイボクイムシといって、カマキリに食わせたりもしたものだという。
 イボの神様は、イボトリ神・イボ観音・イボ地蔵・イボトリ妙見やイボトリ石などと称されるものが全国にあり、これらの神様などにイボの数だけ石をあげたり、イボ石をまつり、それにイボをこすったり、また、そこにある水でイボを洗うと治ると、医学が進んでいなかった昔の人たちは真剣に信じていた。
 だが、現在では、このようなイボが手足に出る人も少なくなり、この中野のイボ石も顧みられなくなり、雑草のなかに埋もれてしまっている。
サイズ
地域 中野・棚場
資料ID 101TS00116