洋野ヒストリア デジタルアーカイブ|Hirono Digital Archives

【鳴雷神社例大祭】山車の前を歩く手古舞

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【鳴雷神社例大祭】山車の前を歩く手古舞
【ナルイカズチジンジャレイタイサイ】ダシノマエヲアルクテコマイ
【鳴雷神社例大祭】山車の前を歩く手古舞
時代 昭和57年8月17~19日
解説 鳴雷神社例大祭で山車を運行の際に山車の前を歩く手古舞約の子供達の様子。
山車組は、下組旭光団と上組新興団がある。

~鳴雷神社例大祭について~
約140年の歴史を持つ鳴雷神社例大祭は毎年8月17日、18日、19日の三日間行われ、神輿渡御が行われるようになったのは、慶応2年(1866)からといわれている。この鳴雷神社例大祭は、旧大野村(現:洋野町大野)最大のイベントであり、初日の神輿渡御に始まり最終日の還御まで、稚児行列、郷土芸能舞、山車の運行などが行われる。中日には、権現舞や、駒踊りの門付けなどが各家々をまわり、三日間通して活気に溢れる。最終日には、街中で二つの山車が「別れ太鼓」を交わすのだという。

行列の順番は、宮司-猿田彦の大神-各種旗-稚児行列-宮司-御神輿-宮司-神社総代-村内有志-消防団-おおの駒踊り-虎舞-婦人団体の「おおの小唄」-各地区団体のナニャドヤラ-山車-武友会おおの神輿である。
御神輿行列をさえぎって道路を横断したり、御神輿より高い位置(二階)から御神輿を見たりすることは禁じられている。

~鳴雷神社について~ 鳴雷神社は、旧大野村の鎮守であり、地元の人からは雷神様と呼ばれ親しまれている。宝暦八年(1758)9月石ノ堂の森に鎮座、勧請されている。 京都上賀茂の賀茂別雷神社(元官幣大社)の今宮として、明治四年(1871)三月に村社に昇格している。 祭神は鳴雷神社で、古来より国家安泰、武運長久、五穀成就を祈願してきた。 藩政時代には、八戸藩主南部公からの尊崇も厚く、また、遠く江戸の承認、和泉屋甚兵衛が文化十四年(1817)に石造狛犬一対を奉納しており、地方神社としては著名であった。

~鳴雷神社祭典の日程の移り変わりについて~
昭和9年までの祭典は、8月17日と18日の二日間行われていた。昭和10年より中日を入れて三日間となった。昭和40年辺りは、8月13日、14日、15日の三日間行われていた。また、昭和41年は、9月1日、2日、3日の三日間行なわれていた。そして現在は、8月17日、18日、19日の三日間行なわれている。
(参照:広報おおの及び大野村誌より)
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地域 大野庁舎周辺 / 馬渡・大野中区・仲町
資料ID 246OMS_00308